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TOEFL総合対策 スコアアップ  レッスン

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国際基準としての英語テストのTOEFL

TOEFLは世界中の英語テストの中で最も幅広い国々で利用されているテストです。
サンフランシスコ大学写真 アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、カナダのほぼ全ての大学をはじめ、130カ国9,000以上の機関が、TOEFLスコアを英語能力の証明、入学や推薦入学、奨学金、卒業の基準として利用しています。日本では大学等の教育機関での学内単位認定や、入試優遇、留学生選考の目安として利用されています。


通訳スクールならではの効果的な対策メソッド

TOEFLのリスニング問題では簡潔なメモを正確に取れることで、後に続く設問での正答率が確実に伸びます。通訳者は逐次通訳 (短い発話毎に通訳する方法) では聴き取った内容を「メモ化」します。メモ化とは聴いたことをすべて書き取るディクテーションではなく、聴いた発話をすぐに思い出せるようにポイントを押さえて簡潔に整理して書き留めるテクニックです。このノート・テーキングの方法はリスニングテストでは大変役立ちます。

聴いた発話をすべてメモを取ることはできません。基本的には発話内容は「記憶」しておく必要があります。通訳者は短期記憶力を使って発話内容は「保持」(retention) します。リテンション練習を正しい指導のもとで続けることにより、聴き取った英語を記憶し、頭の中で再現 (思い出す) ことが容易にできるようになります。

TOEFLのリーディング問題対策としては、通訳トレーニングで使うギスト・テーキング (Gist-taking Practice) という長いメッセージから必要な情報だけをまとめて論旨を頭の中で組み立てていく訓練が効果的です。幹 (主要情報) と枝 (詳細情報) を意識的に読み分けていくトレーニングは、速読には欠かせないスキャニング (scanning) 能力を磨けます。長い文章から特定の情報だけを探し出すリーディングの技能はTOEFLでは威力を発揮します。

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TOEFL の受験を控えている方、本校で対策クラスの受講をお考えの方、ぜひお越しください。「テスト対策カウンセリング」は随時無料で行っております。お問い合わせフォームから「テスト対策カウンセリング」の予約をお取りいただけます。ご都合の良い日時を複数、お知らせいただければこちらからメールにてご連絡を差し上げます。


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Kana さん (大学生)

[メッセージ]
自分でTOEFL の勉強をしているときは、なかなかスコアが伸びずあきらめかけていました。テスト勉強は面白くないし、自勉の限界を感じていたので、J's Schoolでプライベートレッスンを取って、がんばることにしました。わたしは文法とかの基礎力がなかったから、最初は思うようにリーディングとライティングができずに困りました。でも、先生たちの親切なご指導のおかげで、短期間で希望のスコアまで伸ばすことができました。やればできるやん。目標達成!です。「才能とは、続けられる力だ」というJay 先生の言葉が励みになりました。本当に Thanks!です。




山口 裕子さん  (大学院生)

[メッセージ]
使える英語を学びたい!そんな気持ちからJ’s school of Englishへ飛び込みました。 数か月後に短期留学が決まっていたため、そのための準備と、TOEFL対策が主な目的でしたが、実際、Jay先生始め、いつも温かく迎えて下さる先生方のもと、レッスンでは私の目的にあうよう柔軟に対応して下さり、少しずつですが英文やリスニングに抵抗がなくなってきたのを実感しております。 自分の言いたいことが英語できちんと伝えられないもどかしさを克服すべく、日々奮闘中です。


✴︎ 写真はご本人の了承の上、掲載しております。


カタカナ英語ウォッチング


日本にはいわゆる「カタカナ英語」が氾濫しています。外国語がいろいろに変形されて日本語になった言葉、和製英語、といってもいいものです。カタカナ英語は、英語というものの、残念ながら英語ネイティブスピーカーには通じません。このシリーズでは日本でよく使われている「カタカナ英語」を取り上げて、正しい英語ではどういうのかを考えていきます。


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(8) コンプレックス

カタカナでコンプレックスというと、まず「劣等感 (inferior complex)」を指す。カタカナでは「優越感 (superior complex)」という意味でコンプレックスは使われない。

何かに対するマイナスの思い込みが病的に激しい人を「あの人はコンプレックスの塊だ」と言ったりもする。こういう場合は英語では、paranoid という単語が使える。Paranoid とは unreasonably or obsessively anxious, suspicious, or mistrustfulという意味で、「何かに対して過剰に不安感や猜疑心抱いている」ことをいう。

I guess you’re just being paranoid about it.
(それはちょっと考え過ぎだよ)

というふうに日常的には使える。

これは私見だが、日本人のコンプレックスはどうも他人の目を意識しすぎることに起因していることが多いように思う。「自分」と「他人」とをいかなる観点からも「比較する」という行為をやめれば、つまらぬコンプレックスなどいう「幻想」は消える。

I am who I am. You are who you are.  (私は私。あなたはあなた)

これが人間関係の基本原則であり、コンプレックスは「自律性」の不在である。

「私、英語コンプレックスがあるんです。それをなんとか克服したいんです」と私の学校を訪れてくる人がたまにいる。

「ほんとうに英語でご自分の考えや思いの丈を過不足なく他人に伝える必要があるのですか?」

と尋ねると、たいてい英語勉強は趣味の域を出ず、町をうろついている外国人観光客に英語で道を聞かれたときなどに、あざやかに道案内が出来れば、消滅する程度のコンプレックスであることがほとんどだ。

世界には実にさまざまな国が存在するが、必要もないのに外国語を話せないことにコンプレックスを抱く国民はまずいないのではないか、と愚察する。

建築現場の鳶職のにいさんや鰻屋の店主は、英語など話せなくても一向に不自由することはなかろうし、英語の発話力の欠如がコンプレックスと結びつくなんてことは私には考えにくい。鰻屋に至っては焼く鰻が美味ければ、立派なものだ。

たとえ英語を話す必要のある立場にあろうと、訥々とでも努力を滲ませながら「実のあること」を相手に語って聞かせれば、必ず相手は耳を傾けてくれる。通訳者として国際会議場で、そのような labored English (努力の跡がうかがえる英語) で話した講演者が賞賛の拍手を送られるという場面をたびたび目撃してきた。その拍手は、話をした人物の器量と話の中身に対して送られた拍手なのだ。

訥弁であろうと、英米人の猿真似などしないで、自分らしい英語を堂々と話すとき、英語コンプレックスは跡形もなく消えてなくなるだろう。



(6) ハート

「理屈じゃだめだ。ハートを見せなきゃ、彼女はイエスとは言わないぞ」
これをどのように英語に置き換えるか?もちろん文脈によって微妙に異なるだろうが、ハート=心=heart とは限らない。「心」はすべてheart ではない。夏目漱石の『こころ』の英訳は Kokoro なっている。

上の日本文を英語に直すとすれば、

“Don’t be logical. Show your emotions if you want her to say yes.”

とでもなるか。

「知」(intellect) は、論理 (logic) が軸となっているが、それに対する「情」という意味で日本語のカタカナでは、「ハート」が使われるように思う。

英語の mind は「知」を表す言葉であり「情」(emotions) と等価の言葉ではない。Meeting of (the) minds という成句は、「意見の一致、合意」という意味になる。知と知がぶつかりやっと合意に達する。

それに対して heart を使って heart-to-heart conversation とか heart-to-heart talk と言えば、「腹を割っての話」ということで「知」よりも「情」が働く。ただし、この表現は、「情」の交流を持てる間柄の相手に、

I’m sure we can have a heart-to-heart talk about it.

(それについて我々は本音で話し合えるはずです)

というのは可能だろうが、気心の知れない初対面の人に使える表現でない。Heart-to-heart には日本語の「以心伝心」に近いニュアンスがある。

たいてい「ハート」は emotions と訳すと無難だ。「喜怒哀楽」とも訳せる。だから普通、-sを付けて複数形で使う。

Tanizaki said, “Jay lacks emotions. He should have a bigger heart.”

(「ジェイはハートに欠けるわ。それにもっと度胸を持つべきだわ」と谷崎はいった。)

lack emotionsは「冷たい」、have a big heartは「度胸がある」という意味にそれぞれなる。


(7) ネイティブ

カタカナで「ネイティブ」と言えば、日本では「英語を母語としている白人」という意味で使われることが多い。この国際化の時代にあってもなおまだ、英語は「ネイティブ」の先生に習うのが効果的である、という「ネイティブ信仰」のような「思い込み」がある。日本にふらりと来て、たまたま英語が母国語で白人というだけで、日本に来るまで英語など教えた経験がなくても、いわゆる英会話学校なるところで「先生」として勤めている外人先生たちは多い。

それにである。2年も3年も日本に住んでいてほとんど日本語を話せず、読み書きとなれば、まったくダメという外人先生たちに「外国語」として英語を教える能力があるとは思えない。

「ネイティブ」を英語で正確に言えば、a native speaker of English となる。実際は英語でも、a native には「その国の言語を第一言語とする人」という意味で名詞として使うことがあるので、

He is able to speak English like a native.
(彼は母国語のように英語を話せる)

のように言える。

日本で英語を教えるという仕事をしていると、「アメリカ人のように英語を話せるようになるにはどうすればいいですか?」というような質問を受けることがある。また「私はずっとイギリス英語に憧れているんです。だから、イギリス人の先生にだけ習いたいのですが」という要望も耳にする。

「アメリカ英語はまだ聞き取れるが、イギリス英語は聞きにくい」「インドの人の英語はなまりが強いので嫌だ」

やれやれ、という気持ちになる。この日本でもどこへ行ってもみんな「NHKのアナウンサーのような日本語を話していますか?」と尋ねたくなる。

アメリカ人やイギリス人のように英語が話したければ、アメリカ人やイギリス人に生まれ変わることだ。

日本人が「アメリカ人のように」「イギリス人のように」ひいては「ネイティブのように」英語を話すことに如何ほどの価値があるのだろう?

潘 基文(パン・ギムン)国連事務総長の英語によく耳を傾けてみてほしい。Ban Ki-moon 氏は韓国のソウル大学を卒業した後、アメリカの大学に留学し、外交官となり、第8代国連事務総長に就任された。国際舞台で堂々と話される氏の英語には聞いてわかるお国なまりがある。決して「アメリカ人のようにも」「イギリス人のようにも」話そうとはされていない。もしそのような猿真似をすれば、失笑、嘲笑を誘っても、どの国の人からも尊敬は得られないだろう。

また、日本の進路を決定するような重要なあまたの国際会議で長年にわたって通訳を務めてこられた通訳の達人、小松達也氏の英語も「ネイティブ」のような英語ではない。

あえてお二人の英語を形容すれば「国際英語」とでも呼べるだろう。私も通訳者の端くれだが、昨今はアラブ、アジアからの非「ネイティブ」のクライアントの通訳を務めることの方が多いといっても過言でない。

日本人の英語学習者にとって大切なことは、

(1)日本人である自分がなぜ英語を上達させる必要があるのか?
(2)明確にするべき自分の英語学習の目的は何なのか?

をしっかり問い直すことだと思う。

「自律性」を持つことが英語学習の気構えとしてはすこぶる肝要。だれかの真似をするのではなく、自分の英語力、国語力に磨きをかける努力を怠らず、「ネイティブ」「非ネイティブ」の区別なく、相手への共感能力を含めた自分のコミュニケーション力を総動員して、自分を主体として相手と英語を通して関わることが今の時代には欠かせない。

私は、大きく構えて言えば、「地球語としての英語」を教える必要、学ぶ必要があることを痛感して、J's School of English という学校を設立したのです。



(5) マンネリ


私が敬愛するウッディー・アレン (Woody Allen) が主役を演じている映画のひとつに『結婚記念日』(Scenes from a Mall) というのがある。監督はウッディー・アレンではなく、ポール・マザースキー (Paul Mazursky)。


この映画に、「僕たちの結構生活はマンネリになっている」と言う台詞がある。

英語では、


Our married life has become routine.



と マンネリではなく、routine という単語が使われていた。


ではカタカナの「マンネリ」はどこから来たかといえば、mannerism


mannerism: (言行・身振りなどの)独得の[きざな]癖.

日本語の「マンネリ」は英語の mannerism が元であるが, この語は個人の奇妙な癖や文学・芸術上の用語で, 日本語のマンネリとは違う.
[研究社 新英和大辞典第6版]


日本人が日常的に使う「マンネリ」は routine, repetitions くらいが妥当。


英語には rut という単語もあり、これも「決まりきった生活・やり方」を意味する。


Jay was stuck in a rut in Japan, so he quit work and went back to the US.


(ジェイは日本でマンネリに陥り、仕事を辞めて、アメリカに戻った)


という具合に使う。


毎日、毎日、仕事のことばかり考えているからマンネリに陥る。


「よし、マンネリから抜けだそう!」とせめて口に出して言ってみたいときは、


Let’s get out of a rut!


でいい。(たぶん抜け出せないだろうけど….)



少し高級な言葉に blasé (ブラゼィ) というフランス語から英語に入った単語がある。これは、having or showing a lack of excitement or interest in something especially because it is very familiar というウエブスターの辞書の定義でわかるように、「何かに慣れすぎてしまってわくわく感や興味がなくなっている」ことをいう。


Jay is blasé about his hometown, Kyoto. He said, “It’s such a boring town. I wanna get back to my second hometown, San Francisco. I really miss people and good wine back there”


(ジェイは故郷の京都にもう飽きがきている。「まったく退屈な街さ。第二の故郷、サンフランシスコへ戻りたいよ。人も恋しいし、美味いワインもなつかしい」という。)










(4) ダイヤ



世の中帰省ラッシュ (mass rush to family home)だ。こういうときに列車のダイヤが遅れるとたまらない。


「ダイヤが遅れる」を The train’s dia is delayed. と言えるか?


列車の運行表のことをダイヤと呼ぶのは、diagramの略で、diagramは正式な英語であっても、ダイヤはカタカナ英語。正しくは英語では(train) timetable か (train) schedule である。


ダイヤの乱れ= disruption to train services/ disruption of train schedules


「交通事故のためダイヤが乱れております」は、


The train schedules are disrupted due to the car accident. と言える。


ダイヤの復旧=restoration of scheduled services


過密ダイヤ= overcrowded train schedules


ダイヤの改正= revision of train schedules


「すべての列車のダイヤに変更があったというアナウンスを聞いたぞ」


I heard an announcement that the timetable has been changed for all of the trains.


帰省ラッシュの期間はこのような不吉なアナウンスがないことを祈っています。




(3) サインペン


まだ大学で教えていた頃のこと。新人アメリカ人講師のフィリップに”sign pen” とはどういうペンなのか?と尋ねられたことがある。


“That’s a felt-tip pen.”と教えてあげた。サインペンを英語で言えば、a felt-tip pen。ペンの先がフェルトになっている柔らかい書き味の筆記具。もともとはぺんてる株式会社の商標である(たぶん)。


サインペンが「かすれる」ことは、This felt-tip pen is drying up.と dry up という。「インクがない」は、This pen is out of ink.でいい。


「5色のボールペン」は a five-color ball-point pen. 「ボールペン」(a ball pen) はカタカナ英語。「マジック (ペン)」は a magic marker。「マジックを貸してくれ」を“ Lend me a magic?” とは言えない。Magic だけなら、手品のことで意味不明。“Lend me a magic marker, please.” である。


有名人にファンがサインを求めるとき、「このサインペンで、この本にサインをして頂けますか?」と言いたいとき、“Can you please sign this book with this sign pen?”と英語では言わない。


「サイン」は日本語の署名だが、契約書のサインは英語では普通、signatureという。野球でキャッチャーがピッチャーに送る「サイン」も sign ではない。signals である。


たとえば、偶然バーであなたがアメリカの人気作家、ポール・オースター (Paul Auster) に会ったとしよう。お気に入りの作家なので「サインをして頂けますか?」と言いたいときは、


“I’m a great fan of your books. May I have your autograph?”


と autograph という言葉を使う。


これは余談だが、以前 Bar f という店名のバーを見かけたことがある。これはバーの名前としては感心しない。日本語では「バー・エフ」と読むので問題ないが、英語で barf と言えば、「ゲロ」「ゲロを吐く」という意味になる。a barf bag は「(飛行機の座席に備えてある)吐き気用の袋」のこと。


Bar f には入ったことはないが、そこで飲むと悪酔いしそうな気がする。英語で名前を付けるときは、辞書で意味を確認したほうがよさそうだ。





(2) エチケット


エチケットというカタカナは確かに、etiquette という正式な由緒ある英語に由来する。コリンズ英語辞典 (Collins English Dictionary) の定義によれば、the customs or rules governing behaviour regarded as correct or acceptable in social or official life. とある。「社会生活やあらまった場面で一般に正しいと認められているふるまい方に関する習慣や規則」という意味。

が、ここが言葉使用のむずかしいところで、日本語のエチケットは英語では manners と言ったほうがいい。Etiquetteは形式張った感じがするので、mannersのほうがはるかに一般的。


He has such bad / good manners. と言えば、「彼はたいへんマナーが悪い/良い」となる。


親が子供に「お口を食べ物でいっぱいにしてしゃべるのはお行儀が悪いわよ」と叱るときは、


"It is bad manners to talk with your mouth full!"



Manners は、-sを付けて複数形で使うのが普通。日本語では「マナー」というので、manner と単数形にならないように注意。


インターネットの使用が日常茶飯事になった最近では、netiquette (ネティケット) という言葉が使われる。network と etiquette との合成語で「インターネット使用上のマナー」のこと。頻繁にネットを使ってコミュニケーションを取る人たちはnetizen (ネティズン) と呼ばれることがあり、netiquette を守る必要がある。Netizen とはnetwork と citizen の合成語。



「おれの担当している大学の学生たちのエチケットはなっていない。授業中、メールをしているか、おしゃべりをしているかだ」


"The kids at my college have rotten manners! They keep texting or chatting in class. They just can't stop it!"



と日本の大学で英語を教えている友人が嘆いていた。


"Mind your manners, folks!"


「君たち、マナーに気をつけなさい!」 と注意してもほとんど効果はなさそうだ。




(1)フリーサイズ


はじめてこのカタカナ英語を聞いた時、私も実はあまりよく意味がわかりませんでした。

もちろん、「このシャツ、フリーサイズですか?」というつもりで、


“Is this shirt free size?”


と英語で言っても通じません。アメリカで買い物をするときは、”Is this shirt one-size-fits-all?” と言っています。One-size-fits-all で通じます。


「フリーザイズのトレーニングパンツは嫌いなんだ。やせ気味だから、いつも大きすぎる」


“I don’t like one-size-fits-all sweatpants. I’m a bit skinny, so they’re always too big for me.”


ちなみに、「トレーニングパンツ」は英語ではsweatpants。Training pantsと言えば、やはりおむつがとれかけた子供が練習用にはくパンツのこと。くれぐれもお間違えのないように。女の子には training bras というのもあります。


フリーと言えば、「フリーダイヤル」というのもカタカナ英語。


「日本のフリーダイヤルの局番は0120です」と教えてあげるときは、


“The prefix for toll-free numbers in Japan is 0120.”


と英語では言えます。


英単語1語をウォッチングしていきます。通訳という仕事をしているとある言葉にふれた瞬間に意味が気になり、訳語や使われ方へと関心が広がります。「メモ」を書くような気持ちで短い単語紹介文を書いていきます。お役に立てれば幸いです。


ジェイの英単語ウォッチング 


(22) isn't the best ~: あまり褒められた~ではない



Jay: Are you going to invite Fred to the party? You mean it ?

(フレッドをパーティーに招くのか? 本気かよ?)


Sue: Yes, I know he is Cindy's ex-boyfriend, but they broke up last year. They don't care, I guess.


(彼がシンディーの元カレだってことは知ってるわ。でももう去年、別れたんだし、べつに気にしないと思うな)


Jay: That's not the best idea, in my book.


(僕はあまり良い考えだとは思わないな)



日本語よりはストレートに表現する英語,、特にアメリカ英語にも、控えめな言い方 (understatement) というものはある。



isn't the best~というのはそのひとつ。本当は「かなり悪い」「ひどい」と思っていても、ズバリとは言わずに「最上な~ではない」という婉曲な表現にとどめる。


Mr. Tanaka isn't the best interperter I know.


(田中氏はあまり上手な通訳者ではない)



裏を返せば「田中氏は通訳がかなり下手だ」ということになる。これは何か気に入らないことを、遠回りに (in a roundabout way) 、かつ丁寧に表現する便利な言い方である。


ちなみに、Jay のせりふの in my book は「自分の意見では」 (in my opinion) という意味。



Sue: How was the sushi bar Nick recommended?


(ニックが勧めてくれた鮨屋さんどうだった?)


Jay: It isn't the best place I know.


(僕の知っている店のなかじゃ、イマイチだな)


いたずらに、ものごとを遠回しに表現する (英語の成句では beat around the bush 「藪の周りを叩く」という)ことは、相手に誠実な印象を与えないし、誤解を生む元になる。しかし、英語でも少し控えめに意見をいう言い方を知っていれば、角が立たないこともある。「角が立つ」、英語で言えば to create bitter feelingsってとこか。

気むずかしそうなイギリス人と話をするときにはいっそう効果がありそうだ(というのはきわめて個人的な意見です)。










(21) reality check [riˈæləṭi tʃék]: 現実直視
M

Jay: Did you tell Pat the truth about her boyfriend?


(パットに彼氏について本当のことを話したの?)


Sue: Yes, I'm her friend, you know. I thought I should give her a reality check about him.


(話したわ。私はあの子の友人よ。彼について現実を直視させるべきだと思ったのよ)


Jay: The truth hurts, though.


(本当のことを聞くと耳が痛むけどね)


reality check とは「真偽の確認」「真実に目を向けること」→「現実直視」という意味。


Sue のせりふの I thought I should give her a reality check about him とは言い換えれば、I thought I should tell her the truth about her boyfriend. (真実を告げる) ということになる。



英語、日本語と言語を問わず、真実を聞かされることは 耳が痛い(hurt) ことがある。そいうとき、The turth hurts.と言えることも覚えておきたい。



reality check はジャーナリズムでよく使われる。現実を知るために、今ある状況と周りの現状を付き合わせて点検することを指す。



企業が現実を直視せず、過剰に期待をふくらませていたり、政府がある問題の対策を立てるのに重要な事柄を見落としていたりする場合に、それを皮肉るニュアンスで reality check が使われる。



Presidential candidates in the US have to take a reality check and understand the level of competition in the race.


(アメリカで大統領に立候補するものたちは、現実を直視し、大統領選がどれほど厳しいかを見極めなければいけない)



アメリカでは共和党の大統領候補者たちが選挙戦を展開したが、ライバル陣営やマスコミからひとり一人の候補者の私生活を含めてあらゆることが取り上げられ、誹謗中傷合戦が加熱した。



たいていの人間には隠しておきたい私的な恥や昔の過ちのようなものが、少なくとも一つや二つはあるものだ。英語ではそういうものを、skeletons in the closet (クローゼットの中の骸骨)と呼ぶ。日本語にすれば「内輪の恥 (秘密)」とでもなるか。


Jay, constituency chairman, asked Sue if she had any skeletons in her closet that might affect her political campaign.


(選挙対策委員長のジェイは、選挙運動に影響を与えかねない表に出せない秘密のようなものはないかとスーに尋ねた)



墓を掘り起こし、そのような骸骨までもが公に晒し出されるのがアメリカの大統領選。そのむごたらしさに、That's too much と眉をひそめているアメリカ人たちは、少なくない。


ある問題に対処する必要があるのに、現実を見ようとしない人を、英語では「砂の中に頭を突っ込んでいるダチョウ」にたとえることがある。


Mr. Inoue is just like an ostrich putting its head in the sand.

(井上さんはわざと現実から目を逸らせているようだ)


これは、ダチョウは危険を感じると砂に頭を埋め、脅威の対象が目に入らないようにする、という俗説にから生まれた表現。


自分が生きている限り、現実が消滅することはない。砂から自分の頭を出して、現実を直視しない限り問題には対処できない。


We sometimes need to pause for reality checks.

(時には立ち止まって現実を把握することが必要)


そう思いませんか? Agree?









(20) watch list: 要注意人物リスト





Jay: Kelly's son managed to hack into police computer networks. That's way out of line!


(ケリーの息子が警察のコンピューターに不法侵入したんだ。あれはいくらなんでもやり過ぎだな)


Sue: I've just heard he's been placed on FBI's watch list. If he leaked the information he illegally got, he'd be another Snowden down the road, ending up a fugitive.


(あの子、FBIの要注意人物リストにのせられたって聞いたわよ。もし不法に入手した情報をリークしたら、この先、スノーデンのようになって、結局亡命者ってとこかもね)


watch list とは、「要注意人物」をリスト化したものである。英語には、このように list を使った決まり文句がいくつかある。ちなみに、out of line は「決められた線からはみ出る」=「やりすぎ」という意味。way は口語的な強意語。


たとえば、wish list は「欲しいもの」リストのことである。もともとは子供たちがクリスマスにサンタクロースにおねだりをするために作るリストを意味していた。


今では、place......on one's wish list (自分の欲しいものに~をあげる)という形で使われるようになっている。


waiting list といえば「予約・キャンセル待ちリスト」のこと。日本語でもいう「ブラックリスト」、black list は立派な英語表現。


I couldn't get a ticket home duirng this holiday season, so now I'm on the waiting list.


(この休暇期間中に帰省する切符が取れなかったので、今は順番待ちになっている)


このほかよく使われる表現としては以下のようなものがある。


Mr White is proud that his son, Kelly, is on the dean's list.

(ホワイトさんは、息子のケーリーが成績優秀者に選ばれたことを誇りに思っている)


on the dean's list とは、(大学などで)成績優秀者リストに名前が載る、ときに使われる。Dean とは「学部長」のこと。学部長リスト、という意味。


High on my list is getting the car fixed.

と言えば、「まずは、車を修理してもらわなくてはいけない」ということで、high on my list は「自分がやらなければいけないことの上位にあるもの」という意味。文頭に来ているのは、強調するため。


High on my list is preparing for the TOEIC. I have it coming up soon. If I get bad results, I'd get plutoed.

(とにかくTOEICの勉強だ。テストはもうすぐだしな。結果が振るわないと、降格かも...)


(※ pluto は名詞では「冥王星」。2006年に、冥王星が惑星から除外されて「準惑星」に「降格させられた」ところから転じて、動詞で、demoto 「~を降格させる」という意味で使われるようになった)



なんて心配されているビジネスパースンがおられるとすれば、ほんとうにお気の毒。I'll keep my fingers crossed! (うまくいきますように)







(19) whatever [wɒtˈevər]: 何でもどうぞ


Sue: I'm starved to death! Let's eat out tonight.


(もうお腹がペコペコ。今夜は外食しましょうよ)


Jay: Why not? We could go to a Chinese restaurant, a sushi bar, a pizzeria, whatever.


(いいよ。中華に、寿司、ピザ、何でもどうぞ)


whatever はイントネーションで意味が変化するので言い方に注意がいる。


穏やかなトーンで言えば、 whatever you like (何でもお好きなものを) のように相手の選択意向を大切にする表現になる。


私の観察では、10年くらい前からアメリカでよく耳にするようになったが、 whatever が I don't care (どうでもいい) という気持ちを皮肉っぽく言いたいときに使われる。「興味がないからいい加減にその話題はやめてくれ」というニュアンスが声の調子にあらわれるのが特徴。


日本人の英語学習の中には、「英会話」なるものに異常 (?) と思えるくらいの関心を示し、ネイティブのようにペラペラと英語を話すことに情熱を燃やしている人でも、案外、英語特有の「音のルール」に無関心であることに矛盾を感じる。


それともただネイティブ・スピーカーと話をしているだけで、「自然と」そういう音のルール(音法)をマスターできると思い込んでいるのだろうか?


こうした表現は声の調子(イントネーション)が重要な役割を果たす。アメリカ映画を観ているとき、whatever が使われるシーンがあれば、これからよく注意して聞いてみてほしい。


会話では、文法も大切だけど、音声の要素―イントネーションやリズム―が意味を決定することが多い。英語の勉強のために映画を観ているときは、(映画館でなければ)自分でも使ってみたい表現に出くわした際には、恥ずかしがらずに、または面倒くさがらずに、できるだけ真似をして声に出して言ってみるようにすれば効果的である。


日本語は高低言語だが、英語は強弱言語。強いところと弱いところを意識して話してみる。それだけでもあなたの英語は通じやすくなる。


そのためには英語の音の法則、つまり「音法」を知っておくと便利である。


日本人が日本語なまりの英語を話してどこが悪い、という人が時々おられる。成人学習者が「なまり (a Japanese accent)」を完全に排除することは不可能だし、そんな必要もない。ただ、あまり強いなまりがあると、聞きづらいし、誤解が生じる可能性があることは事実。ましてや、カタカナ発音は英語ではなく、日本語である。


英語の発音を学ぶにはやはり「モデル」がいる。イギリス英語、アメリカ英語、どちらでも好きなほうをモデルにすればいいと思う。(オーストラリアやニュージーランド英語でもいいのだが、モデルになる教材が入手しにくい)。


イギリス英語に興味のある人は、





がお勧め。CDも充実していて少し値は張るが、投資する価値はあると思う。


アメリカ英語に関心のある方には、Mastering The American Accent (Barron's) というCD付きの音声教材をお勧めしたい。個々の発音からイントネーションまで体系的に学べるし、声に出して練習できる教材だ。




アマゾンで検索すれば、テキストの中身も少し見られます。




皆さんと、コーヒーでも飲みながらお話しをするような気持ちで書いていきます。

スクールのFacebookもご覧ください。


ジェイのCoffee Break


(11) 文化を伝える


僕の知り合いのSさんは、日本を訪れる外国人観光客のガイドさんをやっていた。プロだから当たり前と言えば、当たり前なんだけど、日本の歴史や文化に感心するくらい造詣が深い。


むかしSさんと同じ学校で教えていたことがあって、「外国の人の観光ガイドでいちばん大変なのはどんなことですか?」と質問したことがある。


「コースが決まっているツアーに添乗するときは、まあ事前に下調べもできるし、ある程度パターンがあるので、それほど大変ということもないんだけど、少しお金に余裕のある人で、個人でガイドを雇う観光客がときどきいてね、そういう人に付くと日本に妄想的なイメージを持っていることがあって、それをひとつひとつ実体験しようとするんです」とSさん。


妄想的?とはどういうことなのか尋ねてみた。たとえば古都、京都でゲイシャ (芸者) と日本的なデートがしたい。お金はちゃんと払うから、夜の相手もアレンジしてくれ、なんて非常識な要求をされることがあった、という。しかし相手の外国人は、当然それを非常識とは夢にも思っていない。


京都の舞子さんや芸子さんは、英語で言う a hooker (売春婦) ではない。鼓、三味線が演奏できて、舞踊もできる優雅なエンターテナーで、お茶屋と呼ばれるプロダクション所属。彼女たちの出演予定はすべて女将さん(プロダクション社長)が取り仕切っていて、社長が認めた信頼と馴染みのあるお客でないと個人的な外出はできない決まりになっている。もちろん、売春はしない。





アメリカ人たちの中にもゲイシャに対して間違った知識を持っている人たちがいる。アメリカで作られた日本舞台の映画にはかなり事実とはちがう描写があるので、描かれていることを鵜呑みにする人たちがいてもおかしくない。映画という映像は、「見たまま」を信じる傾向が強い。「見たまま」を英語で言えば、What you see is what you get.となる。


アーサー・ゴールデンの小説「Memoirs of a Geisha」をロブ・マーシャル監督が妄想的(?)に映像化して、2005年に公開されたSAYURI がいい例だ。そもそも日本人のさゆり役を演じたのは、チャン・ツィイー。脇を固めた配役はといえば、初桃はコン・リー。豆葉はミシェル・ヨー。みんな日本人ではない。







僕たちがアメリカ映画を観るときも、誇張された映像からゆがんだ固定観念を抱くと、アメリカ文化を誤解することにつながっていく。


しかし、自国の文化を説明することは、国や言語をとわず、なかなかむずかしいものだ。異なる文化をもつ相手に理解できる表現に置き換えて話してあげる必要がある。


ずーとむかし、まだ僕が若かりし時、アメリカ人のクラスメイト Jeff がクリスマス休暇で京都に遊びに来て、年末年始と京都で過ごした。せっかくだからと思って、大晦日の夜に知恩院に除夜の鐘を聞きにふたりで出かけた。ところがキリスト教徒である僕には当時まだ、たいして仏教の知識がなかった。


「ねえ、なんでこんなに何度も鐘を突くの?」「これにはいったいどういう意味 (significance) があるんだ?」とJeffが僕に訊く。


「仏教では人間には108の煩悩があると考えられていて、仏教でいう煩悩とは、つまり.......。」そういう解説は当時の僕の頭には浮かんでこなかった。


"They ring out the old year and ring in the new. (鐘を鳴らして古い年を送り出し、新しい年を迎え入れるんだよ)" と僕。「それに.....あんなふうに何度も何度も鐘を突いていると、寒くても体がポカポカと暖まってくるからさ」


"Makes sense. (なるほどね)"とJeff はいちおう納得してくれた。


教会の鐘もお寺の鐘も、その鐘の音を聞いて僕たちが何を願うかに意味があるように思う。愛する人の幸せを願わない人は世界のどこにもいないはずだ。文化というものには、人間に共通した部分と、すこぶる異なる部分がある。異なる部分を説明するときに、分かりやすく伝える工夫が要るし、もちろん語学力が要る。このコミュニケーションが上手くいくと、相手は異文化を楽しんでくれる。すくなくとも、僕の経験では。








英単語1語をウォッチングしていきます。通訳という仕事をしているとある言葉にふれた瞬間に意味が気になり、訳語や使われ方へと関心が広がります。「メモ」を書くような気持ちで短い単語紹介文を書いていきます。お役に立てれば幸いです。

ジェイの英単語ウォッチング 


(18) juggle [dʒˈʌgl] : うまく両立させる



Akiko: Do you think I can juggle a family and a career?


(私、家庭と仕事を両立させることができると思う?)


Jay: Well, it can be stressful especially when the children are young.


(う~ん、特に子供が小さいうちはストレスが大きくなるだろうな)



三つも四つもボールを投げてお手玉をしてみせる芸人 (juggler) のように、一度にいくつもの仕事を曲芸的にうまくこなすことを juggle という。


He can juggle four balls at once.


(彼は一度に四つのボールを投げ上げて受け止めることができる)


ここから転じて、時間に追われるような生活をしている人たちが増えている現在、「仕事や責務などを両立させる」という意味でよく使われるようになった表現。


特に例文会話のように、「家庭と仕事を両立させる」ことを言い表すときに使われる。


I know there are some people who are good at juggling several jobs or responsibilites at the same time. But I'm the kind of person who needs to focus on one thing at a time.

(同時にいくつかの仕事や責務をこなすのが得意な人たちがいることは承知しているけど、私は一度にひとつのことに集中する必要があるタイプだ)


忙しいビジネスパーソンたちは juggle することが求められていることは事実だ。

私は、毎日日本語のニュースを聞きながら、iPad で英字新聞 (the New York Times) の Top News を速読している。20分で国内外の主要なニュースには触れられる。同時通訳で身につけた訓練のおかげか、どちらも聞き落としたり、読み落とすことのない、a good juggler である。








(17) graphic [grˈæfɪk] : 生々しい


Jay: Did you see the movie "The Passion of the Christ"?


(「パッション」っていう映画、観たことあるかい?)


Akiko: You mean the one in which Mel Gibson starred?


(メル・ギブソンが主演しているやつ?)


Jay: Yes. Don't you think that movie is just too graphic


(そう。あの映画、生々しすぎると思わないか?)





graphic とは「映像の」という意味の形容詞だが、「(映画や写真が)過度に生々しい」「リアルすぎる」という意味で使われることがある。


この意味を知らないと graphic を間違えて訳してしまうことがある。ちょっとした取り違えが誤解を生むので覚えておこう。


例文会話ででてきたメル・ギブソン主演の「パッション (The Passion of the Christ) 」は、ご覧になった方はおわかりだが、キリストが十字架に張り付けられて、死ぬまでのシーンが実に生々しい。何度もムチを打たれて、そのつど肉片が飛び散る。信仰篤い女性たちは映画館で何度も涙を流していた。


アルカイダの頭目、オサマ・ビン・ラディン (Osama bin Laden) がパキスタンで米軍に射殺されたとき、彼の姿をとらえた映像は just too graphic (あまりに生々しい) ためにほとんど公開されなかった。



The images could be controversial because of his graphic dead body.


(彼の死骸が生々しかったため、映像が物議をかもす可能性があった)


というふうに graphic は使われる。


「パッション (The Passion of the Christ)」 映像





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(10) ひきこもるアメリカ人



ジョークをひとつ。

"What do you call a person who is able to speak three languages? (3カ国語が話せる人を何と言いますか?)"

―"Trilingual (トライリンガル)."


"What do you call someone who is able to speak two languages? (2カ国語が話せる人は?)"


―"Bilingual (バイリンガル)"


"What about a person who can only speak one language, then? (では1つしか言葉ができない人は?)


―"Americans (アメリカ人)."


英語が担う「共通語 (lingua franca)」としての役割が増すにつれて、アジアをはじめたくさんの国々の学生たちが英語の習得に時間とエネルギーを費やしている。


世界のこのトレンドは絶好のビジネス・チャンスにもなっている。イギリスは「商品」として英語教材を次々に開発し、怒濤のように輸出している。オーストラリア、ニュージーランドは留学生の誘致に国策として取り組んでいる。


アメリカでも、留学生の受け入れは今や、国内サービス産業で稼ぎ頭の一つになった。


アメリカ商務省 (the Department of Commerce) の計算では、外国人留学生による国内での支出は授業料、部屋代、書籍代、交通費、健康保険などを含め約200億ドルに上り、国内経済への貢献度はかなり高いとみている。


この計算を裏打ちしているのがニューヨークに本部を置く、国際教育研究所 (International Institute of Education) が発表したデータで、アメリカの大学で学ぶ外国人留学生が今年、過去最高の約72万人に達したそうだ。


ところがである。外国の大学に留学するアメリカ人学生は総数のわずか1%。国務省は、18~24歳のアメリカ人でパスポートを持っているのは4%と報告している。


アメリカの将来の担い手たちが国内にひきこもるっている現状を心配したのか、ヒラリー・クリントン元国務長官 (Secretary of State) はみずから「ユーチューブ」に投稿し、世界にもっと目を向けるよう若者たちに訴えたのは、まだ記憶に新しい。


アメリカ人たちは外国語を学ぶことにけっして熱心とは言えない。「共通語」としてみんなが英語を勉強してくれるんだから、わざわざ外国語なんて勉強しなくてもいいや、という怠慢な態度がちらちら見える。


世界のリーダーであることを誇る大国アメリカが、Global illiterates (地球的文盲) と呼ばれているのはなんとも皮肉なことだ。9.11テロで露見したが、国務省にはアラビア語に堪能な職員は数えるほどしかいなかった。


外国文化を理解するための第一歩は、その国の言語を学ぶことである。新しい言葉を学べば、当然間違いを犯す。完璧ではない自分に気づく。その言葉で日常生活を送っている人たちから学ぶ姿勢が生まれるし、自分がうまく話せない言葉を自然に話している人たちに関心と興味を持つようになる。それに伴って文化を知り、やがて国際理解へと近づく。


国内ひきこもり傾向にあるアメリカの若者たちを、愛するアメリカのためにも、すこし残念に思う。


と同時に日本の若者の「遊学」ブームにも疑問を感じる。英語圏に行けば「自然に」英語が身につくという考えは安易に過ぎる。それに、である。日本のことを訊かれて、ろくに答えられない若者たちを現地の人たちはどう思うだろう。短期留学でもいい、留学の一つのメリットは、アメリカ人やイギリス人などの「猿真似英語」ではなく、自分らしい英語で、自分の考え、思い、感情を表現し、相手との「共感」を確立していくための自律性を身につける良い機会を提供してくれることだと僕は思う。









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(16) spoil oneself [spˈɔɪl] : 自分にご褒美をあげる



Sue: Wow, you got a vintage wine! For any celebration?


(すごい、高給ワインを買ったんだ。何かのお祝い?)


Jay: I finally got that tough job done. So I think I should spoil myself with this. Be my guest.)


(やっとあのきつい仕事をかたづけたんだ。それで自分にご褒美をあげようと思ってね。いっしょに飲もうよ)


もともと spoil は「ものをダメにする」「腐らせる」という意味。子供について使うと「甘やかせる」という意味になるのはおそらくご存じだろう。


That child is spoiled rotten.


(あの子はひどく甘やかされている)


「甘やかされてわがままな」子供と言うこと。rotten は「腐っている」という意味だが、この場合は強意語で「ひどく」となる。



「甘やかす」という意味がもっと広く解釈されるようになって、今では「贅沢をする」という意味で使われるようになった。ほんとうに「自分を甘やかせてダメにする」という意味には取られないのでご安心を。


spoil myself は上の例文会話のように、「何かを頑張った」から、あるいは「自分の誕生日だから」などという理由で、


I think I'll spoil myself and have some good wine today.


(今日は自分へのご褒美に美味いワインを飲むぞ)



という具合に使う。


ちょっとした理由でいつもとは違った特別なことをしたい気持ち―そういう少しうれしい気分を表せる。

僕は特別なことがあろうがなかろうと、日曜日にはワインボトルを開ける。












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(9) LGBT (性的少数者)

かなり以前からアマゾンのキンドルを使っている。雑誌や新聞を購読しているが、バックナンバーの整理に困ることがない。それに旅行に出かけるときもバッグに入れていく本に頭を悩ませることもないし、iPad やスマートフォンで読むよりは断然目が疲れない。バッテリーもよく保つし、薄くて軽い。(なんだか広告文の書き出しみたいになってしまった)。






キンドルを使っているもう一つの理由は、サンフランシスコで読んでいるのと同じ新聞を日本でも毎日手軽に読むことができるからだ。僕は20年以上the San Francisco Chronicle (サンフランシスコ・クロニクル)という新聞を読んでいる。地元の情報だけでなくて国外の主要なニュースも掲載してるし社説も順当な意見が多い。


アメリカは州単位の独自性のようなものが根強く存在するので、たとえばサンフランシスコの人たちはシカゴの新聞は読まないという地域主義 (regionalism) がある。試しにサンフランシスコの友人たちに訊ねてみたら、だれひとりThe Chicago Tribune (シカゴ・トリビューン)は読んでいなかった。ちなみに、キンドルではシカゴ・トリビューンも読むことができます。


以前、サンフランシスコ・クロニクルに、オバマ大統領のこんな発言が紹介されていた。

"I am deeply concerned by the violence and discrimination targeting LGBT persons around the world."


「私は世界中のLGBT (性的少数者) の人たちに向けられている暴力と差別を深く憂慮しています」



LGBTとは、レズビアン (lesbian), ゲイ (gay), バイセクシャル (bisexual), 性転換者 (transgender) の頭文字をとった言葉で、 LGBT運動はsexual and gennder minorities (性的少数者) が中心となって起こしている権利を求める社会運動で、straight allies (異性愛者の支持者) もアメリカでは増えている。僕はこのどれにも当てはまらないが、僕の第二の故郷、サンフランシスコは全米一、ゲイ人口が多い。


世界の中には、国家権力でLGBTの人たちを「犯罪者」扱いしたり、LGBTの権利を訴える集会に参加したというだけで市民を殴りつけたり、殺害したりしている国々がある。サウジアラビアでは同性同士の性行為はムチ打ち刑や死刑の対象となる。アフガニスタン、パキスタンなどにも同じような刑罰がある。


オバマ大統領は、不当に脅かされている性的マイノリティの人権を憂慮して発言したのだ。


日本にもLGBTの人たちはいるはずである。日本の首相はこの問題についてどういう意見を持ち、どのような立場を取っているのだろうか?日本の政治家たちはこうした問題を公に論じることはタブーと思っているフシがある。(ただ関心がないだけのことかもしれないが)。


LGBTの人たちを「不道徳者」とみなすアメリカ人にはキリスト教の信仰を持ちだす人たちが多い。僕もキリスト教徒のひとりだが、いったいイエスの言葉のどこにLGBTの人を罰する記述があるのだろう、と不思議に思う。


God is love. 神は愛だ、とキリスト教は説く。ならば、少数者の人権を受け入れないことが愛の行為なのだろうか?


これはあくまで僕個人の見方だけど、アメリカ人の中には日本の宗教観を西洋的なわかりやすさがないが故に否定的に捉えている人たちがいるし、僕もそのように感じさせられることは少なくない。キリスト教徒でもないのに、わざわざなぜキリスト教主義の学校に通わす必要があるのか。が、あえて日本人の宗教観を弁護すれば、日本の人たちは宗教というものに対してかなり寛大なところがある。宗教で人を差別したり、裁こうとはしない。


ただ日本にはマイノリティーの人たちに対する関心が低いように思う。選挙になると国民に白々しく気をつかう(ように見える)政治家たちが、オバマ大統領のような発言をしないのは、国民の関心のなさのあらわれじゃないだろうか。参議院選挙運動中に、LGBTの権利について取り上げる政治家はいるだろうか。








ジェイの英単語ウォッチング 


(15) heavy [hevi]: ゆゆしい・深刻な






Jay: I've never seen the boss get that furious before..


(昨日、ボスがあんなに激怒したの見たことなかったよ)


Sue: It was a really heavy scene. He was screaming at everyone and one guy quit on the spot.


(あれはほんとうに大変な場面だったわ。ボスは誰かれかまわず怒鳴りつけて、ひとりがその場で辞めたのよ)


heavy は誰でも知っている単語で、「重い」という意味があるが、かならずしも「重い」という意味にはならない。


「重量」が話題であれば「重い」でいい。「精神的に荷が重い」「責任が重い」という場合も「重量」のイメージなので heavy load や heavy burden といえる。


しかし、上の会話のような状況で使われると、「深刻な・ゆゆしい」という意味になる。


話題が「難しい」というときにも、heavy が使われることがある。たとえばEU加盟国の巨額な債務の解決策などは、a heavy subject (難しい話題)の代表例だろう。


be heavy on...という表現は「人にきびしく当たる」ということ。


He came round and started getting heavy about the money I owed him.


(彼がやって来て、借りているお金のことで私にきびしく迫った)


というように使われる。


「私は心では泣いて、辞職の決意を表明した」


これは、I announced my decision to leave with a heavy heart. と英語では言える。


簡単な形容詞でもなかなか日常の場面では、簡単に使えないことがある。


通訳の場面でもさらっと使われる英語表現を日本語らしい表現に置き換えるのが、意外と a heavy task である。




ジェイのCoffee Break


(8) 論じる人たち、黙する人たち


アメリカの大学にはmajor (専攻科目) と minor (副専攻科目)がある。僕の副専攻はアメリカ研究だった。国とそこに住む人たちを観察する習慣はいまでも持ち続けている。


当時フィールド・ワークとして、アメリカのさまざまな地域を訪れた。アメリカ英語にfrom Maine to California という成句がある。「最東端に位置するメイン州から西海岸の大部分を占めるカリフォルニア州まで」ということで、つまりは全米津々浦々にいたるまで、という意味。


この成句の通り、(僕の場合は)西から東へと進路をとり、38州を回り、出発点であったサンフランシスコに戻った。その道中、可能な限りいろいろな職業の人たち、人種の異なる人たちを取材してみた。アメリカという国は僕の当時の想像を遥かに超えて広大であり、人々は多種多様であった。


さて、アメリカ人についてのひとつのステレオタイプ(固定観念)について考えてみる。


大学で教えていた頃、僕の学生たちの中には、アメリカ人は議論が好きであり、議論が得意であり、論理的に自己を雄弁に主張できる人たちだ、と思い込んでいる学生たちがいた。そしてきまって英語という言葉はすこぶる論理的な言葉だとも思っていた。


「実はね」、と僕は言う。「それがそうでもないんだ。期待を裏切るようだけど」。


「論理 (logic) 」といえば、文法のある言語にはみんな論理はあるし、論理的でない文法というものはない。お酢の入っていない鮨飯みたいなもので、そういうのを鮨と呼ばないように、論理的でない言葉のルールは文法といわない。


日本語だって、論理的に話したり書いたりしようと思えばできる。できないのは、言葉を使う当人が論理的でないからだ。


日本人に比べれば、僕の観察では確かにアメリカ人たちは自己主張が強い。assertive (自己主張の強い)という英語は、少なくともアメリカでは、ふつう肯定的な意味で使われる。


She is an assertive student. と言えば、「彼女は自分の言いたいことを遠慮せずに言える学生だ」、という肯定的な意味になる。これは「自分が正しいと思うことははっきり主張しなさい (Speak up when you think you are right!) 」というアメリカの教育が背景にある。


また彼らの多くは、理屈付けがうまい。おとなの日本人の耳には「屁理屈 (far-fetched reasoning) 」としか聞こえないことを堂々と述べる。だから胸を張って早口でまくし立てられると、その発言は「論理的」に響くことがある。が、中身はこじつけに過ぎないことが少なくない。


したがってアメリカ人は論理的である、という意見に、全面的に賛成できない。「感情」にしか裏打ちされていない主張を彼らはよくする。好き嫌いも激しい (僕も激しい)。同性婚や妊娠中絶に激しく反対する人たちのなかには、異を唱える者を殺しかねない勢いで反論する人がいる。実際、中絶手術を施した医師を銃で殺害した中絶反対論者 (anti-abortionist)は、矛盾を感じなかったのだろうか。


意地でも自分の主張を曲げないことを、stick to my guns (自分の銃を放さない) という言い方をする。銃を向けても相手が強く迫ってくれば、Over my dead body ! (おれの屍を超えていけ!)というセリフを口にして、一歩も譲らない。これらの表現が使われる場面では、論理ではなく感情が支配する。


ディベートはアメリカの高校や大学では盛んだ。ある話題を論じるのに、反対と賛成に分かれて、根拠に基づきながら反対論と賛成論を決められた時間内で主張する議論術である。最後に審判が「勝ち」「負け」の判断を下す。僕は大学生の時、a tough debater (手練れの論客)としてアメリカ人のクラスメートたちに一目置かれていた。


しかし、日常生活の中で他人と何かの問題を解決していく際、勝ち負けだけの判断を下し、相手を「論破」 (argue down) してことが済むことは少ない。言い負かされた方はけして愉快ではない。感情的なシコリのようなものは必ず残る。


アメリカはディベート大国のように思われているが、Win the argument and lose a friend. (議論に勝って友を失う) という言葉もある。


とはいうものの、日本人の英語学習者を観察していると、あまりにも議論が下手である。何かのきっかけで議論になり、アメリカ人たちに言葉で袋だたきにされている日本人を見ると、pathetic (痛ましい) という形容詞が思い浮かぶ。


つい先日も、日本の憲法改正をめぐって僕は(日本語で)ある日本人女性と議論らしいことをした。彼女はどうやら護憲派らしいが、憲法そのものについて無知であり、世界には日本国憲法を評価している憲法学者が少なくないことさえ知らない。僕の異論に表情が曇り、不快の色が濃くなる。「平和憲法は守るべきです」と小学生の弁論大会の弁士のようなことしか言わない(言えない)。


彼女は英語を話せる。たとえ英語を話してもあれではダメだ。英語での戦い方を知らず、理屈の付け方もなっていない。打ちのめされて (be argued down) 、おしまいだろう。


相手の立場を思いやる ― put yourself in their shoes (相手の靴の中に自分を置く)―姿勢は、文化の違いを超えて、大切である。しかし、日本人が手本にするべきは、アメリカ英語だのイギリス英語だのとつまぬことを言う前に、「有事に備えた」英語戦闘訓練が不可欠な時代が来ている。


沈黙は金なり、では決してない。Silence is agreement. (沈黙は同意)と取られることも心得ておくべきだろう。








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(14) gut feeling [ɡʌt fi:l ɪŋ] : 直感







Jay: I have a gut feeling that it's going to rain sometime soon.


(なんとなく、もうすぐ雨になるような気がする)


Sue: Yeah, it looks like it. It's getting cloudy.


(そのようね。曇ってきたし)



gut とは「腸 (はらわた)、内蔵」のことである。gut feeling とは頭 (論理) ではなくて、「内蔵や腹が感じ取る感覚」という意味で、近い日本語は「直感」だ。

日本語に「断腸の思い」という言い方があるが、英語に近い表現はgut-wrenching である。「はらわたがちぎれるような」という意味。


この言葉は、「なんとなくそうではないか」と感じるようなときに使われるが、ある程度何か根拠のようなものがあることをうかがわせる表現。


例文では「空が曇ってきた」という状況から「雨が降りそうだ」と感じている。



また guts と複数形にすれば the courage and determination that it takes to do something difficult (何か困難なことをやるのに必要な勇気、決意) という意味になり、日本語の「腹がすわっている」というときの「腹 (ハラ)」に当たる。


the guts of the problem といえば「問題の腹の部分」、つまり「問題の最も重要な部分」という意味になり、日本語では「問題の核心」と訳せる。


gut feeling に近い意味の表現に、hunchという語ある。日本語の「勘 (かん)」に相当する。


Sue:How did you know I'd be here?


(どうして私がここに来るってわかったの?)


Jay: It was just a hunch.


(勘だよ)


というふうに使われる。

ちなみに、「女の勘」というのは a women's intuition という。これがなかなか恐ろしい。などと言えば、女性差別だ!とどこかのお気の毒な市長のようにつるし上げられると恐ろしいので、ここまで。The rest should be left unsaid.





(13) just not there : 何か物足りない


Jay: How're you getting along with Nick?

(ニックとはどう?)

Sue: I don't know what's wrong with our relationship, but something is just not there.


(私たちの関係、どこがいけないのかわからないけど、何か物足りないの)






just not there は日本語の「何か物足りない」という言い方に相当する口語表現。


something is missing (何かが欠けている) という表現よりも意味範囲が広く、 just not good enough (どうもいまいひとつ)や not up to standard (基準に達していない) といった意味まで含んでいる。


Jay: Your idea sounds interesting, but not good enough to attract more customers. It's just not there.


(君のアイデアはおもしろそうだけど、顧客を増やすにはいまひとつだ。何か足りない)


Sue: Oh, can you be more specific?


(あら、具体的に言ってくれる?)


よく似た表現に out there という言い方がある。


I'm not surprised that he lied about his income. There are a lot of people like him out there.


(自分の収入について彼は嘘をついてたけど、僕は驚かないよ。彼のような人間は世の中にはたくさんいるからね)


out there は「世間には」「世の中には」ほどの意味でよく使われる。


Be careful when you drive. There are a lot of crazy drivers out there.


(車の運転には気をつけるんだよ。世間には頭のおかしいドライバーは大勢いるからな)





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(7) ホワイトクリスマスと白いうそ

最近、昼間は夏のように暑い。そこで寒い日のことを思い起こしていたら、ふとこんな歌詞を口ずさんでしまった。

I'm dreaming of a white Christmas
Just like the ones I used to know
Where the treetops glisten and children listen
To hear sleigh bells in the snow.

ついでに「訳」もつけてみる。


真っ白な雪に包まれるクリスマスを夢見ている

懐かしいむかしのような白いクリスマス

こずえは輝き、 子供たちが耳を澄ます

雪の中を走る そりの鈴の音に

(私訳)






アメリカに長く住んでいるといろんなことがあった。

友人だったティモシーの独り息子のマシュー君は15歳になった。ちょうど10年前の12月20日、仕事を終えたティモシーはニュー・ヨーク・シティーから郊外の自宅へ向けて車を走らせていた。雪が降りしきる夜だった。家族をとても愛していたから、スピードを少し出しすぎていたのかもしれない。降り積もった雪の上でティモシーの車はコントロールを失って、ピックアップ・トラックに激突した。病院に搬送され、医師たちは彼の命を救うために懸命に手を尽くしたが、その甲斐もなく彼は帰らぬ人となった。


クリスマス前の悲しすぎる出来事だった。その夜、マシューは愛するパパと大好きだったサンタクロースをなくした。


毎年クリスマスには、ティモシーはサンタクロースの衣装をつけて自宅のドアをノックし、待ち受けていた小さな息子を抱きしめ、抱きあげ、プレゼントを手渡した。でもその事故の夜以来、マシューの家のドアをノックし抱きしめてくれるサンタクロースは訪れなくなってしまった。


あれからたくさんの水が橋の下を流れていった。たっぷり10年分の水が。今では可愛いガールフレンドがいるマシューは、クリスマスの日には必ず愛情で包みこんでくれたサンタクロースのパパを夢に見るんだという。きっと彼は自分が包み込まれた愛情で、愛するガールフレンドをあたたかく抱きしめるはずだ。パパが贈り続けてくれたのと同じ愛情で。


「願い事は何かな?良い子にしてると、サンタクロースがかなえてくれるぞ」とちいさな子供たちに言う。


子供たちは「何をお願いしようかな」と幸せそうに考えをめぐらせる。


これは子供たちにうそをついていることになるのだろうか?Am I telling them a lie?


英語のうそ、lie は日本語の「うそ」より悪意が強調される。軽い意味で lie を使うのは禁物。


「宝くじに当たったの?えっ、うそでしょう!」


こういうとき、"You lie!"と声をあげれば、「あなた、私をだまそうとしているでしょう!ひどい!」というような意味になる。


英語ではたとえば、"You won the lottery? Come on, you must be joking!" となる。つまり、「宝くじに当たったなんて、冗談言わないでよ」という。 You must be kidding.でもいい。


さて、相手を気遣ってまたは思いやってつく小さなうそを英語では、a white lie (白いうそ)という。この反対に悪意のあるひどいうそは a black lie (黒いうそ)。日本語には「真っ赤なうそ」という表現があるけど、英語で a red lie といっても通じない。


僕の個人的な観察に基づいて言えば、アメリカ人はうそをつくことを日本人よりも悪いことだと思っているようだ。便宜のためにはうそをつかなければいけないときもある、という発想が日本にはあるから、「うそも方便」という言い方がある。


アメリカ人には、失敗や過ちを犯した場合、相手が誠実に謝罪をすれば、わりとその謝罪を受け入れて、相手を許す傾向がある。


クリントン元大統領がモニカ・ルインスキー(Monica Lewinsky)という研修生と「不適切な関係 (inappropriate relationship) 」を持ったとき、彼は自分の間違いを認めて、アメリカ国民に謝罪した。あのとき彼がうそをつき通そうとしていたならば、大統領職に留まれなかっただろう。大方のアメリカ国民はおとなげのある判断を下した。僕の想像だけど、過去の自分の過ちや失敗を重ね合わせて考えた人も少なからずいたんだろう。

また少しクリスマスのことを思い出そう。


クリスマス・イブ。世界中のたくさんのパパやママは「もうすぐサンタクロースが来るよ。願い事はきまった?」と子供たちに「白いうそ」をささやく。できれば窓の外には白い雪が降っていてほしい。


I'm dreaming of a white Christmas
With every Christmas card I write
May your days be merry and bright
And may all your Christmases be white.


夢見ているのは 雪に包まれる白いクリスマス

クリスマス・カードに言葉をそえる

あなたの未来が 幸せできらめく日々でありますように、と

そしてあなたのクリスマスが真っ白な雪に包まれますように。


........しかし、明日もまた暑いだろうな。真っ白な雪などに包まれるはずはないよね。





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(12) comfort food: ほっとする食べ物



Jay: Wow, chicken 'n waffles! Look so yummy!


(チキン・ワッフルじゃないか!うまそうだな!)


Sue: I made them for my brother, Jack. He's coming today. He said he wants some comfort food.


(弟のために作ったのよ。今日ジャックが来るしね。なにかほっこりする食べ物がほしいって言ってたから)







comfort は、comfort of a chair (椅子の座り心地の良さ)、a car with a comfort ride (乗り心地のいい車) のような物理的な「快適さ」を表すほかに、「心の安らぎ」をあらわすこともよくある。


the comfort of home といえば、「家庭の安らぎ」という意味になる。小さな子供が眠るのに安心するために握りしめる毛布はkids comforter と呼ばれる。





the comfort of home とは逆に、まったく安らぎのない家庭を日本語では「火宅」という。たとえば、夫婦の諍 (いさ) いがたえない家。英語では、My home is a living hell ! とでも言えばそのおぞましさは伝わるだろう。Home であって house ではだめ。Home is made of love. A house is made of stones. 「家庭は愛で作られる。家は石で作るもの」。昔の人はそんなふうにいった。ニュアンスはお分かりだろう。


comfort food はいわゆる「おふくろの味」のような料理で、私のアメリカ人の友人に尋ねたところ、彼女 のcomfort food は、apple pie とchicken’n waffles だそうだ。「アップルパイはおふくろの味」(mom’s cooking) というアメリカ人はけっこう多い。日本で言えば、肉じゃがやお茶漬けのような位置づけの食べ物だろう。


a cup of comfort (一杯の安らぎ) という表現があるが、これは心をくつろがせてくれる飲み物をいう。お茶をお気に入りのカップでゆっくり飲む、頭をからっぽにして。

精神の平静 (emotional peace) を保つには、日常の断片に宿る小さな安らぎが大きな役割を果たす。みなさん、そう思いませんか?











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(6) 選択する人たち


先日、ある広告誌から僕が代表をつとめているスクールの取材にライターさんが訪ねてきた。僕のオフィスでインタビーを受けたわけだけど、こういう来客があったときの通例として、スタッフの子がお茶 (緑茶) を僕とお客さんにだす。出されたお茶をすぐに飲む人はめったにいなくて、少ししてから「いただきます」と言って(もちろん黙って飲む人もいるが)、口をつける。僕の経験では、緑茶がでてきたことに不満そうだった人は今のところいない。


アメリカならどうだろう?と考える。仕事の用件で、知合いのオフィスを訪ねていく。


"Something to drink?"「何か飲みますか?」と訊ねられる。ほんとうに飲みたければ、


"Coffee, please."

と飲みたいものを選ぶ。すると相手は,


"Black or cream and sugar?"

と選択肢を与えてくる。


以前サンフランシスコで日本から食材の輸入をしているアメリカの会社を仕事で訪ねたとき、「何か飲みますか?」と聞かれて、


"Green tea with sugar, please." 「お砂糖入りの緑茶をいただきます」


と試しに言ってみた。軽いジョークのつもりだったのだけど、しばらくして緑茶の入ったマグカップと角砂糖 (cubes of sugar) の入れ物が僕の前に運ばれてきた。確かに僕が選んだ飲み物だった。相手のアメリカ人は何事もなかったように自分のコーヒーを飲んでいた。このとき初めて、砂糖入りの緑茶というものを味わった。(あまりお勧めできる代物じゃないです)。


こうした小さな日常の場面からもわかるように、アメリカは選択を求める社会である。自分が主導権を握って選択するのが当たり前。選択肢がたくさんあるときほど、何を選ぶべきかという自分の判断力が問われるし、自分の選択に対しては責任が発生する。


アメリカ人と話をしていると日常会話の中に、choice, option, decisionなど「選択」「決断」を表す言葉を、よく耳にする。

"You can either accept the job or not. It's your choice."

(仕事を引き受けることもできるし断ることもできる。選択肢はあなたにある)


"You have the option of staying home or coming with us."

(あなたには家に残るという選択肢と私たちといっしょに出かけるという選択肢がある)


“Decisions, decisions. I've got to decide which flavor of ice cream to get.”

(決めなきゃ、決めなきゃ。どの味のアイスクリームを選べばいいのかしら)


アメリカ人の心理学者の中に、Emotions are choices.(感情は選択するものだ) と説く人もいる。


誰かに不当に不愉快なことを言われたとき、たいてい腹が立つ。しかし、それは自分が「怒り」という感情を選択したのだ、ということになる。腹を立てないという選択肢は確かにある。


「他人の発言」と「自分の価値」という選択肢がある。 自分の価値を選択して、他人の不当な発言など無視する。すると嫌な人間に心を支配されることがなくなる、という考えには一理ある。


このような発想の違いは文化の違いであり、文化は日常の細部に宿る。


ものごとを選択せずに済ませる方が楽なことは多い。しかし、アメリカ人たちは「選択」できる自由をすこぶる重んじる。自分の宗教、自分の好む政治、職業、それに自分の性的なアイデンティティー(異性愛者であること、同性愛者であること)などを選べる自由と権利が保証されていることを、彼らは democracy 民主主義と呼ぶ。


2011年は、選択の自由がなかった人たちが世界のあちこちで抗議のために立ち上がった年だった。そして多くの血が流され、多くの命が奪われた。しかし、彼らは大きな勇気を持って抗議するという選択をしたのだ。


ささやかで滑稽なことだけど、砂糖入りの緑茶が選択できた自由を僕はうれしく思っている。

何と言われようとも、僕はつねに僕であることを選ぶ。

I'll choose to be who I am, no matter what!








英単語1語をウォッチングしていきます。通訳という仕事をしているとある言葉にふれた瞬間に意味が気になり、訳語や使われ方へと関心が広がります。「メモ」を書くような気持ちで短い単語紹介文を書いていきます。お役に立てれば幸いです。


ジェイの英単語ウォッチング 


 (11) maverick [mavrik] : 異端児


Jay: Looks like the president of your company likes to cast himself as a maverick eager to force changes.


(君の会社の社長は変化をもたらさんと意気込む異端児というイメージをかもし出そうとしているように見えるね)


Nick: You're right. He’s always been a bit of a maverick.


(おっしゃるとおり。社長はつねにちょっとした異端児さ)


marverick とは本来は「持ち主の焼き印のない子牛、母牛から離れた牛」という意味。そこから転じて、他人に迎合せず、自分の生き方や考え方を貫いている人を指す。


文脈によっては「他人と調和しない変わり者」というニュアンスがでることもあるが、一般的にはいい意味合いの方が強く、格好いいという印象さえ与える語である。


特にジャーナリズムでは、社会の古い習慣や慣習を破って新境地を開拓した人を賞賛するような記事や報道で使われることが多い。


ちなみに日本語に「一匹狼」という言葉あるが、英語の a lone wolf は「独りでいることを好む人」ということになり、少しニュアンスが異なる。 「一匹狼」にいちばん近い訳語はやはり a maverick である。

私は常に a maverick であろうとしている。感情をむき出しにせず、衆人と融合し、いい人である努力をするよりは、私には自然に思えるからだ。






(10) nosy [nouzi]: お節介な・せんさく好きな



Sue: Chris is an interesting individual to talk to, but sometimes she gets too nosy.


(クリスは話をすると楽しい人なんだけど、時々他人のことに首を突っ込み過ぎるのよね)


Jay: I agree. She’s always asking about things like my love life that I don’t really want to talk about.


(同感だな。彼女、あまり話したくない恋愛話とかについて、しょっちゅう尋ねてくるよな)


nosy とは nose (鼻) の形容詞形である。nose には他人の秘密やプライバシーをクンクン嗅ぎつけてほじくり出すイメージがある。nosy は「個人的なことをせんさくしたがる」様子を短く言い表す口語。inquisitive [inkwízətiv]と同じ意味。





Don’t be so nosy!


(つまらないせんさくは止めてくれ!)


日本語では「他人のことに首を突っ込む」というが、英語で stick one’s neck in other people’s business といっても通じない。neck ではなく nose を使って stick one’s nose in other people’s business という。この場合、business は「個人的な問題」という意味。


Keep your nose out of my business!

(おれのことに余計な首を突っ込むな!)


という言い方もある。やはり nose。


nose (鼻) を書いたついでに ear (耳) に関しても少し触れると、






My ears are burning. (きっと誰かが私のうわさをしている)


というのがある。うわさをされると耳が熱くなる、というイメージ。


When we talk about our colleagues, Paullina is always all ears.


(私たちが同僚のうわさをすると、ポライナはいつも耳をそばだてている)


be all ears とは「体中が耳なっている」というイメージで「一心に耳を傾ける」ということ。なかなか感じが出ている表現。


There’s no time to get ready. Let’s play it by ear.


(用意する時間がないから、出たとこ勝負でいこう)


play~by ear は「耳だけで聞いて演奏する」ということで「何かを準備なしの即興でやる」というときに使われる。Let's play it by ear! と言えば、jazz の improvization (即興演奏)を連想する。


言葉が変わると体の部位の名称を使った表現の意味も違ってくるので、安易な直訳は禁物だ。





皆さんと、コーヒーでも飲みながらお話しをするような気持ちで書いていきます。


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(5)  ネコ人間? イヌ人間?




わが家には8才になるアメリカン・カール(American curl)がいた。(上の写真がそうです)。先月、自分の病にあらがわず、静かに死を受け容れて魂の故郷へと帰っていった。


ネコ好きの人はご存じかもしれないが、アメリカン・カールは比較的新しい品種のネコです。ある日カリフォルニアに住んでいたアメリカ人夫妻の家に一匹の雌ネコが迷い込んできた。この子の耳にはある特徴があった。耳が外向きにカールしている。夫婦はその子にシュラミスという名前をつけてやり、やがて成長したシュラミスは4匹の子ネコを生んだ。このうち2匹の耳がママと同じように外向きにカールしていたのだ。


この子猫たちをベースにして品種の改良が行われて、新しい品種として認められるようになった。だからアメリカンカールは、どの子もシュラミスの子孫であるということになる。もちろんうちのネコもそうだった。


ネコの話の前に。


日本ではよく「血液型は何ですか?」と尋ねられる。「O型です」と答えると、「私はBなんです」と何か意味のある符号でも伝えるかのように言う人もいるし、0型の人間の性質を分析してくれる人もいる。(あまり納得いかないことが多い)。


"What is your blood type? "という質問をするアメリカ人はめったにいない。アメリカでこんな質問をすると"Why do you wanna know?"とけげんな顔をされそうだ。血に異常なこだわりをもっているカルト宗教のメンバーじゃないか思われるかもしれない。


これはひとつの文化の違いで、アメリカのような多民族多人種国家には mixed race (混血人種) が多い。お父さんはアイルランド人で、お母さんは中国の人とか、おじいさんはイタリアの人で、おばあさんはケニアの人とか。そういう人たちの息子や孫が同じ O 型であっても、日本人同士とはちがって、かなり複雑な要素が入っている。したがって、血液型にはほとんど関心を示さないのだろう。


血液型には興味はなくても、イヌとネコには関心をもっているアメリカ人はたくさんいる。新しい大統領がホワイトハウスで生活を始めると、かならずどんなイヌをペットに選ぶかが話題になる。


「ワシントンで友が欲しければ、犬を飼え」と言ったのはトルーマン元大統領。オバマ大統領一家は、ワンちゃん選びに時間をかけた。そしてポルトガル・ウオーター・ドッグを飼うことになった。名前は「ポー」。お披露目の時、オバマ大統領は「時間がかかったけど、ついに私にも友ができた」と、とてもうれしそうに白い歯を見せて笑った笑顔が印象的だった。


"Are you a dog person or cat person?"と訊かれることがたまにある。親しくなったアメリカ人の自宅に招待されて、リビングルームにイヌがいた折りなどに、「あなたはイヌ人間か?ネコ人間か?」と質問される。英語で会話をするとき、英米人たちが口にしがちなちょっとした話題に慣れておくといい。どんな文化でもsmall talks (世間話) は人間関係の潤滑油になる。


"I'm a cat person. I love dogs, too, though."と僕は答える。ネコ人間、ネコのライフスタイルにあこがれのような感情も持つ人間。ネコはじつに優雅に暇をつぶす。うちのネコもちっとも退屈をした様子もなく、居間にできた日だまりの中で気持ちよさそうに眠っていた。時間が静かに彼女の上を流れていくようだった。すべてのことが日だまりのネコの上を流れ過ぎていく。そう思うと、嫌なことが気になるときも、「まあ、いっか。これもそのうち流れていくことだしなぁ」という気になる。

Time flows quietly over the cat. Things are changing. Don't care a damn, folks.

時は静かにネコの上を流れる。ものごとは変わっていく。気にしなさんな。



英単語1語をウォッチングしていきます。通訳という仕事をしているとある言葉にふれた瞬間に意味が気になり、訳語や使われ方へと関心が広がります。「メモ」を書くような気持ちで短い単語紹介文を書いていきます。お役に立てれば幸いです。



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(9) lemon [lémən]: ハズれ






Sue: I just heard the car you bought was a lemon.


(あなたが買ったあの車、ハズれだったそうね)


Jay: Yeah, I soon realized it was a lemon when it broke down on the drive way.


(そのとおり。うちの車道で故障したとき、欠陥車だってすぐに気づいたよ)


日本語で「レモン」と言えば、さわやかでビタミンCのかたまりとしてかなりいいイメージがある。


しかし英語の口語ではたぶんあの酸っぱさのせいで、あまりいい意味では使われない。機械品とか車が「ハズレ」だというときにa lemon が使われることがある。


My car is a lemon. と言えば、「僕の車はハズれだ」つまり「欠陥車」だということになる。私もいちどアメリカで中古車ディーラに欠陥車を買わされたことがある。実に酸っぱい思い出だ。


I'm already soured on used-car dealers.


(もう中古車ディーラには懲りごりだ)


be soured on の sour は「酸っぱい」という意味だが、on と結びつくと「懲りごり」という意味になる。


客に欠陥車を売りつける業者を取り締まる法律をアメリカ英語で、 lemon law (欠陥車法) という。欠陥車を売った業者に代金返還を義務づける法律だ。


sour grapes (酸っぱいぶどう) といえば、「負け惜しみ」のこと。イソップ物語 (Aesop's fables) の「キツネとぶどう」の話に由来する。


高いぶどうの木になるぶどうの実がおいしそうなので、キツネは取ってやろうと何度も跳び上がるが、取ることはできない。そこで「へっ、どうせこんなぶどう、酸っぱいに決まっているさ」と捨て台詞は吐いて去っていった。





Alison said she wasn't attached to her former boyfriend after she was dumped, but it was clearly sour grapes.


(アリソンは自分を捨てた元カレには未練はないと言ったが、それは見え見えの負け惜しみというものだ)


とまあ、こんなふうにsour grapes は使われる。





(8) racy [réisi] : 際どい


Sue: I think it's inappropriate for a teenage girl to use such a racy photo for her school yearbook. Way too scanty!

(10代の女の子が卒業記念アルバムにあんな際どい写真を使うなんて不適切だと思う。肌が見えすぎよ!)


Jay: Wow, she's really hot!

(すごい。格好いいじゃない!)





上の写真はサンフランシスコで発行されている SF Gate という新聞に掲載されたもの。高校三年生の Sydney Speis は自分の高校の卒業アルバムに racy な写真を使って、ちょっとした物議をかもした。モデル志望の彼女は自分のプロモーション用に撮った写真をみんなに見てほしかったのだが、教師や父兄たちから批判が続出した。事情はアメリカも日本も変わらない。この手の写真が大好きなお父さんたちも、建前としては眉をひそめることにしているのだろう。


Is this photo too racy for a high school yearbook?


記事の見出しは「この写真は高校の卒業アルバムには際どすぎか?」となっている。みなさんはどうご覧になるだろうか?


英和辞典でracy を引くと、「活発な」「きびきびした」という訳語を載せている辞書もあるが、アメリカでは「写真や描写が際どい」「いやらしい」という意味で使われるのが一般的。


racy はあからさまな「わいせつ (obscenity [əbsénəti]) 」をいうのではなく、表現が微妙に一線を越えているときに、それを批判的なニュアンスで言い表すのに使うことが多い。


Sue のせいふの scanty [skænti] は「わずかな」という意味だが、つまり「肌を被っている部分がわずかな」というところから「肌があらわな」というときに使われる。
ちなみに、高校や大学の「卒業アルバム」のことは、a yearbook といいます。Way too scanty の way は口語でよく使われる強調語。


Jay が言っている hot は「暑い」ではなく、「(性的に)かっこいい・魅力的な」ということ。言い換えれば、sexy。 sexy という意味で fox (キツネ) の形容詞形、foxy が physically attractive という意味で使われる。


She's amazingly foxy! (彼女はおどろくほどセクシーだ!)


というふうに使う。日本語のもつイメージでは、キツネはずる賢くて、人を欺す動物になっているが、英語ではけっして「彼女はキツネのようにずる賢い」という意味にはならないので注意。言葉から連想されるイメージは言語によって違うのでおもしろい。


racy な写真が新聞に掲載されたことでモデルをめざすシドニィーにとっては、いいプロモーションになったような気がする。




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(4) 自分と向き合う会話





昨日1日だれかと交わした会話を思い出してみてください。

家族の人との会話、友だちとの会話、同僚の人との会話(風邪を引き込んで昨日はだれとも会話を交わしてないという人はいちばん最近のだれかとの会話)をできるだけ具体的に思い返してみる。どんな話題だったか、その会話を交わしているときの自分の姿勢、自分の気持ちなどを頭の中で再現する。時間があれば、紙に書き出してみる。


平均して話題は明るく楽しい内容だったか、それとも誰かの悪口とか批判めいた言葉が多かったか、姿勢はしっかりと背筋が伸びた前向きな感じを与えるものだったか、気持ちは開かれていたか、どこかふさぎ込んだ気分だったか、など思いつくことを頭の中で整理してみる(または書いてみる)。


1日に自分が人と交わした会話をしばらく続けて自分なりに分析する習慣をつけると、どのように会話しているか、自分の会話の特徴のようなものがみえる。


行動学的にいえば、人はどんなささいな行動をしても、そこからエネルギーが出る。だれかと話しているとき、ふっと心から微笑むと、とても強いエネルギーが放出される。まっすぐ背筋をのばして、相手の話をきちんと受け入れる姿勢を取るときも、ポジティブなエネルギーが出ていく。話し相手にしっかり目を向けて、正しい姿勢を保ちながら、批判的にならずに会話に参加すると、僕の個人的な経験から言えば、「自信」のようなものが生まれてくることがよくある。実は、自分が不得意なことをやり続けることは、マイナスのエネルギーを発生させて、結局、今ある自信も汚染されることがあるので要注意。


僕のいう「自信」とは、ありのままの「自」分を「信」じる力にちかい。それじゃ、自分を信じるとはどういうことかというと、このままの自分でいいじゃないか、大丈夫、とう気持ちを持ち続けること。


「今の自分はぜんぜん大丈夫じゃないんです!」という人もいるかもしれない。でも今はとりあえず、そのままでいいじゃないですか、と僕はいつも思う。この世の中で変わらないものは何一つないんだし、大丈夫じゃないと思っていることも少しずつ変えられると思えばいい。そう思うだけで明るいエネルギーが生まれる。たとえると、ポカポカしていてやわらかい温もりのようなエネルギー。


英語で会話をするときも明るいエネルギーが出るようにする。いちばん冷たくて暗いエネルギーは「恐れ」。英語での会話が苦手という人の中には、強い「恐れ」の感情を持っている人が少なくない。これはマイナスのエネルギー。


何を恐れているのか?ありのままの自分と向き合うことではないかという気がする。言い間違える自分、相手の言うことが理解できない自分、そして劣等感を抱く自分、などなど少しも大丈夫じゃない自分。


僕はドイツ語を話すときは、英語とちがって(といっても英語だって人間だから間違えるけど)、もっと激しく間違える。相手の言ってることがわからず聞き返すことも多い。「こいつ、アタマ悪いんじゃないか」と思われそうなことも言ってしまう。でもドイツ人にはりあえずドイツ語で会話するように心がけている。僕のことをどう思うかは相手の問題であって、僕の問題ではない。外国語学習では間違いを犯すことは自然なプロセスだし、素直に受け入れるしかない。それに、外国語を使っていると言葉や自分に対して謙虚になれるという効用もある。


大事なことは、どんな言語を使おうと、人は自分ではない誰かになれないし、誰かの真似をしようとすれば疲れるだけだし、いつもありのままの自分と向かい合おうとする姿勢を保つことじゃないか、と思う。そういう姿勢をもって話している人からは、ポジティブなエネルギーがいつも感じられる.。その人のエネルギー圏にいるとこちらも見栄や気取りがなくなって、会話相手を通して自分と向き合っている自分に気づくことがある。


ありのままの自分を表に出す。英語で言うと、Let your true self out!




ジェイの英単語ウォッチング 


(7) a box of chocolates [ə bɑks əv tʃɔ́:kələts]: 人生はどうなるかわからない


"Life is like a box of chocolates, you never know what you're gonna get."


(人生はね、チョコレートの箱詰めみたいなものよ。ふたを開けてみないとわからないわ)





トム・ハンクス主演の映画、『フォレスト・ガンプ』(Forrest Gump)の中でのガンプのお母さんのせりふ。


箱詰めチョコレートには色や味、それに形や包み紙もいろいろなものがつまっている。ふたを開けて、おいしそう、と思って選んだチョコがたいしておいしくなかったり、「これって、ハズレかも」と少し不安げに口に入れると、すごくおいしかったりする。


そこで、a box of chocolates という表現が「人生どうなるかわからない」という意味で使われる。人生にはいろいろ期待はずれな出来事や予想外にうれしいことが起こるから you never know what you're gonna get (何を手にするかわからない)。


You should face it. Life is not a box of chocolate.


(人生から逃げてはいけない。世間はそんなに甘くない)


という使い方もする。チョコレートのようにおいしい、甘い経験だけじゃなく、苦しい経験だってある。


チョコレートと花はホームパーティーに招かれるとよく持っていく。


花を使った言い方にこういうのがある。


「人生甘くないぞ」


という言うときには、“Life's no bed of roses,” という表現も使える。


bed of roses とは「バラの花が咲いているきれいな花壇」のこと。 bed of roses は否定文で使うのがふつう。





(6) phishing scam [ˈfɪʃ ɪŋ skæm]: 振り込め詐欺


Sue: My grandma was cheated out of her money. She got a call from a woman sounding like me, and asked her to transfer some bucks into her account.

(おばあちゃんがお金をだまし取られたの。私を装った女性から電話があって、口座にお金を振り込むように頼んだのよ)

Jay: She did? 

(で、振り込んだんだ?)

Sue: Yes, it was a phishing scam!

(そうなの。振り込め詐欺よ!)


辞書で「詐欺」の英訳を調べると、fraud [frɔ:d] や swindle [swíndl] といった単語が目につくが、日常会話では scam がよく使われる。この語は「詐欺の手口」「詐欺事件」と意味でふつう使われる。 insurance scam (保険金詐欺)、 Internet scam (ネット詐欺)のように。Sue のせりふの bucks [bʌks] は口語でドル、つまり「お金」のこと。


fraud は法律的なニュアンスがより強くて「詐欺罪」「詐欺行為」を指す。


The guy was indicted on charges of fraud.

 (その男は詐欺罪で起訴された)


be indicted [indáitid] は「起訴される」という意味。


見出しの phishing (発音注意 [ˈfɪʃ ɪŋ] 魚釣りのfishing と同じ) はすでに日本語にもなっている「フィッシング」のこと。電子メールなどで相手を欺して個人情報を聞き出す詐欺。


Identity theft [aidéntəti θeft] (なりすまし犯罪)の一種で、「オレオレ詐欺」や「振り込め詐欺」は phishing scam である。


アメリカの人気テレビ番組に 「レバレッジ (Leverage)」 というドラマがある。ティモシー・ハットンが主演で、腕利きの詐欺師たちが依頼を受けて、不当に奪われたお金や名誉などを悪党からあざやかに奪い返すアクションドラマ。Super grifters(超腕利き詐欺師たち)のはたらきは痛快で、かなり楽しめる ― 娯楽番組として。ティモシー・ハットンが演じているチームのボス、ネイトのいつもの台詞はこうなっている。

"Sometimes, bad guys make the best good guys.."

この make は「作る」ではなくて「なる (= become)」 という意味。

詐欺師たちではあるが、立ち向かうのは世のため人のため。依頼人からは報酬を受け取らず、悪人からガッポリちょうだいする。これが彼らの流儀になっています。






                   


(5) glass ceiling [ɡlæs sí:liŋ]: 暗黙の差別


Sue: I don't understand why Pat didn't get the promotion to section chief. She's more qualified than Mike.

(パットがどうして課長に昇進できなかったのか理解できないわ。マイクよりも適任なのにね)


Jay: I think it shows there's still a glass ceiling for women in this company.


(この会社にはまだ女性には暗黙の差別が残っている証拠だと思うな)


Glass ceiling 「ガラスの天井」とは目には見えにくいが「何か」に頭がつかえてそこから上に行けない、というイメージから、仕事や社会生活で見えにくくなっているが今でも残っている差別 (discrimination) を表す表現。


ビジネスや官僚の社会では、表向きは差別がないように見えるが、女性やマイノリティー出身者の昇進 (promotion) が頭打ちにされることがある。


普段はあからさまではないので、自分がその現実を突きつけられるまで、このような「暗黙の差別」を信じない人が多い。


The fact remains that many women executives are trying hard to break through the glass ceiling.


(事実、多くの管理職に就いている女性たちはこの暗黙の差別を乗り越えようと懸命に努力している)


しかしキャリアにおける男女平等 (gender equality) は当たり前と思われている現在でも、組織によっては、この glass ceiling は bulletproof glass (防弾ガラス) のように堅く、打ち砕きにくい、と言われる。



そのようなガラスで、いったい組織は何を守っているのだろう?




(4) jerk [dʒɜ:rk]: イヤな奴・キモい奴


Sue: I can't stand Bret! He's always trying to rattle my cage by threatening this and that.

(ブレットには我慢できないわ!私になんだかんだと揺さぶりをかけて嫌がらせをしようとしているのよ)

Jay: Don't worry about what he says. Just ignore that jerk!

(あいつの言うことなんて気にするなよ。あんなイヤな奴、相手にするなって)


英和辞典の中には jerk の訳語として「まぬけ」「ばか」をあてている辞書があるが、実際のニュアンスは違う。「まぬけ」「ばか」は stupid, foolish が一般的で、jerk は「イヤな奴」「キモい奴」と思われる類の人間をいう。男性だけではなく女性についても jerk は使える。


ちなみに Sue のせりふにある rattle one's cage (鳥かごを揺さぶる) とは 「気持ちを動揺させる」という意味。


やたらにものを食べるとか、嫌みなくらいキザだったり、空気がよめずに平気で場違いな行動を取ったり、発言をしたりするような人を jerk と呼ぶ。


洋の東西をとわずこの手の連中はかならずいる。自分では気づかなくても他人をしっかり不快にさせている。

知能 (intelligence) レベルが疑われる人ではなく、社会性 (sociability) が問題になるような行為をする人を指す。


例をあげれば、いわゆる有名大学の卒業生で、事あるごとに学歴を他人に披瀝する人は stupid ではなく、jerk である。


似た言葉に geek [ɡi:k] というのがある。これは日本語の「おたく」にあたる。 「パソコンおたく」という場合にはこう言う。


Kelly is a real computer geek.

(ケーリーはまさにパソコンおたくだ)  



(3) gun-shy [ɡʌn ʃaɪ] : 弱気になっている


Jay: I just talked with Meg on the phone. She sounded pretty cranky.

(メグと電話で話をしたけど、かなり不機嫌そうだった)

Sue: She's making a presentation this afternoon. That's probably why.

(今日の午後、プリゼンをすることになっているのよ。だからよ)

Jay: Yeah, she's been gun-shy about presentations since she made our clients pissed off.

(たぶんね。顧客を怒らせてしまってから、プレゼンに弱気になっているからな)


gun-shy は本来、「猟犬が銃の音を恐がっている」ことを意味する。そこから人についても「弱気になっている」「ビクビクしている」という意味で使われるようになった。反意語は gun-happy という。これは「強気な」という意味がある他に、銃を振り回しているイメージが浮かぶので「威勢を張った」「攻撃的な」という意味もある。

アメリカ英語には gun にまつわる表現が少なくない。

言葉は社会を反映する。アメリカでは一般の人たちでも銃を持っている。アメリカ合衆国憲法にはright to bear arms (銃を携帯する権利)が定められているからだ。

銃をしっかりと握りしめて手放さないという意味の stick to one's guns は、「だれになんと言われても自説を曲げない」というときに使われる。

a smoking gun といえば「動かぬ証拠」。引き金を引いた直後で煙が出ている銃のイメージ。そんな銃を手に持っていiれば、明白な証拠になる。

「弾丸を撃つ」というところから shoot がこんなふうに使われる。

Jay: Can I ask you a personal question?

(個人的なことを聞いてもいいかい?)

Sue: Shoot.

(どうぞ)

shoot は日常会話でふつうに使われる表現だ。


しかし、実際に人が be shot (撃たれる)事件が「ふつう」でなくなることを個人的に祈っている。


銃が社会に出回っているアメリカでは、銃による事件や事故の被害者やその家族たちが銃の恐ろしさを認識し、gun control (銃規制)の運動に参加するようになることは珍しくない。



(2) chemistry [ˈkemɪstri] 相性


Jay: Why did you break up with Matt? He's such a nice guy.

(どうしてマットと別れたの?あんないい奴なのにさ)

Sue: He's a good guy, but the chemistry between us just isn't right.

(いい人よ。でも私たち、相性が合わないのよ)


Chemistry とは本来は「化学反応」のことだが、人と人との関係にも使われる。

When I met her for the first time, I knew the chemistry would click.

(はじめて彼女に会ったとき、この子とはうまくやっていけるとわかった)

というふうに使う。うまく説明できない要因が絡みあって、「相性がいい」 (good chemistry) 状態にもなるし、「相性が悪い」 (bad chemistry) 状態にもなる。


確かに人間同士の化学反応は不思議なものだし、だからおもしろいとも言える。

「人」と「もの」の相性の良さ、つまり「似合う」という場合は、[人] look(s) good in/ with [もの] となる。


You look good in jeans. (ジーンズが似合うよね)

He looks good with a tan. (彼、日焼けが似合っている)


「もの」と「もの」には、[もの] go/goes well with [もの] が使える。

Sue: I like your tie. It goes really well with your jacket.

(そのネクタイいいわね。ジャケットとよく似合ってる)

Jay: Thanks. I got it from my daughter for my birthday.

(ありがとう。娘から誕生日にもらったんだ)

Sue: That figures. She really has good taste.

(どうりでね。彼女、ほんとうにセンスが良いわね)


アメリカ人と付き合っていていつも思うことだが、彼らはさりげなく相手が身につけているものをほめるのがうまい。ほめられて気を悪くする人はまずいない。小さなコメントが人間関係の潤滑油になる。ほめられたときには、素直にThanks と返しておく。



(1) Psychic : 霊能力者

Jay: Why did Bret quit his job? He had such a good position?

(なんでブレットは仕事辞めたんだ?あんなにいい地位にいたのに)

Sue: Some psychic told him if he didn't quit, something horiible would happen to him.

(どこかの霊能力者が辞めないと怖ろしいことが起こるって彼に吹き込んだのよ)


Psychic とは a person who has strange mental powers and abilities such as the ability to predict the future のこと。

つまり、ESP (estrasensory perception) や supernatural powers (超能力) などの特殊な能力を持っている人をいう。

Fortune teller (占い師)や mediums (霊媒) なんかも入る。

アメリカの人気テレビ番組に、『ミディアム 霊能者アリソン・デュボア』(Medium) というパトリシア・アークエット(Patricia Arquette)が主人公の霊媒師を演じている視聴率の高い番組がある。霊能力を使って警察に協力して難事件を解決していく。

普通の人間には感じ取れないものを感じる能力が関心を呼ぶのはアメリカも日本も同じ。

日本でおなじみの風水。実はアメリカでも信じている人たちがいる。英語では feng shui という。しかしfeng shui は psychic powers (霊能力) とは区別したほうがよさそうだ。




皆さんと、コーヒーでも飲みながらお話しをするような気持ちで書いていきます。


ジェイのCoffee Break



(3)  英語試験の限界


世の中には感心するくらいたくさんの英語試験が存在する。いますぐに思いつくだけでも、TOEIC、TOEFL、STEP英検、ケンブリッジ英検やアイエルツ (IELTS) などがある。イギリス人の先生にはアイエルツを熱心に勧める人が比較的多いような気がする。イギリス英語をひいきにしているせいもあるが、イギリスやオーストラリアの大学に留学しようと考えている人には適当な試験だと思う。


ただ、ここに挙げたどの試験も個人の英語力のすべてのスキルを測定できるものではない。そもそもそんな試験は世界中をさがしても見つからないだろう。このような英語試験を受けるときは、自分の英語スキルのどの分野を中心に測定したいのかを決める必要があるし、そのためにはそれぞれの試験の特徴を理解しておくと、受験料をムダにしなくてすむ。


年間180万人以上が受験していると言われるTOEICを例にあげれば、このテストは北岡さんという日本人ビジネスマンの発案で、ビジネスの現場で求められる「世界基準のコミュニケーション英語能力を測定する」というコンセプトに基づいて作成された。今ではヨーロッパ諸国をはじめ、南米など非英語圏の国々でもたくさん受験者がいる。仕事で使える英語力という点で、アメリカやカナダへの留学生の、どちらかといえばアカデミックな英語能力を測定するTOEFLテストにはない特徴がある。


しかしTOEICは英語を「読む」「聴く」スキルを測定する試験なので、実際に「書く」「話す」能力は測定できない。そこで、2006年からTOEIC SW (Speaking/Writing) が実施されるようになった。SWとあわせて受験することでいちおう英語の4技能の測定ができる。


ところが、日本には受験英語文化があるせいで、TOEICを受験する人のなかには、とにかくスコアだけを短期間に伸ばすことに情熱を傾ける人がけっこういるし、点を取るだけの対策講座というものも少なくない。


僕は企業研修で英語を教えることがあって、あるとき研修が終わった後で、海外事業部で働く若い人から相談を受けたことがある。


「採用のときに提出したTOEICテストのスコアが800点を超えていたこともあって、海外事業部に配属されたと思うのですが、実は英語でコミュニケーションを取るのが苦手で困っています。とくに疲れている時なんて外国人の商談相手とうまく英語で話せなくなるんです。それに通訳のようなこともやらされるし、なにかいい対処法はありませんか?」


彼の心境は僕なりにとてもよくわかる。800点以上を取れるということは英語を読んだり、聴いたりする力は高いだろう。だからといって商談レベルで会話ができるとは限らないし、ましてや通訳ができるわけではない。僕はずっと通訳の仕事もやっているのでその辺の事情はよく理解できる。(通訳のことはあらためて書いてみたいと思っています)。


TOEICは活用の仕方によってはたいへん役に立つテストだけど、万能なテストではない。先に書いたように個人のあらゆる英語スキルをすべての角度から測れるテストなんて残念ながら存在しない。テストという測定法の限界がここにある。


いろいろな英語試験のほんとうの「目的」は、その試験の勉強をすることで、自分の英語スキルを向上させることにあるはずだ。600点、730点を取るぞ!というのは「目標」である。テストのスコアさえ上げればいいという安易な考え方は、のちのち僕に相談をもちかけてきた彼のような苦労を背負い込むことになりかねない。



(2) きれいな発音?


日本では英語をネイティブっぽく発音すると、「きれいな発音ですね」とほめられたりする。でも英語では beautiful pronunciation と直訳するとおかしい。きれいな声 (beautiful voice) というのはわかるが、そもそも「きれいな発音」とはどのような発音なんだろうか?

僕の教え子に広島県の呉出身の男の子がいた。彼はとてもヘビーな呉弁をよく通るきれいな声で話す。彼のなまりは英語を発音する時、英語の発音に転移する。たとえば、company は「カンパにぃ~」と「にぃ~」にアクセントが置かれ、イントネーションはぐっと下降する。彼の声はよく通るきれいな声なのに、英語の発音を聞いてもだれも「きれいな発音」とはほめない。

日本語の達者なイギリス人の友人は、「きれいな発音ですね」はYou speak English with no foreign accent. と訳していたが、僕としては疑問が残る。これじゃ、美醜の問題ではなく、イギリス人にとって自然に聞こえるかどうかになる。僕はアメリカで教育を受けたせいで、意識しないで英語を話すとアメリカ英語の音になる傾向があるから、アメリカ人に向かって話すとき以外は、アメリカ音は控える。とくに通訳しているときは気をつける。通訳している席に、たとえばイタリアの人がいれば、早口のアメリカ英語は聞き取りにくいことがあったりするからだ。

ニュージーランドの人がアメリカに行って、英語を話せば、「なまりのある人 ( a guy with a foreing accent) 」と言われる。「きれいな発音」を「自然な発音」と置き換えて考えれば、ニュージーランドの人がニュージーランドなまりで話すのは自然なことであるし、同じ理由で、日本人が日本語なまりで英語を話すのも自然なことである。日本語なまりの発音は「きれいな発音」にならないんだろうか?

日本人の学習者が英語を話す練習をする場合、いたずらにアメリカ人やイギリス人の発音のマネをする必要はないと個人的には思っている。アメリカ人たちは、よほどの理由があるか、変わり者でないかぎり、だれもイギリス人のマネをして英語を話す人なんていない。すくなくとも僕のまわりにはひとりもいない。

英語の発音を練習する目的は、きれい汚いじゃなくて、自分の英語を聞き手にわかりやすくするためであるべきだ。だからカタカナ発音はまったく有効ではない。やはりきちんと英語発音のテキストを使って、英語の母音や子音の特徴を理解して、できるだけ正確に発音できるようにトレーニングすることは必要である。その際、イギリス人やアメリカ人の発音をモデルにすることは避けられないから、あくまでモデルと割り切って練習を続け、カタカナ発音にならないように意識する。練習を重ねていけば、それほど意識しなくても、カタカナ発音にはならなくなっている(はずだ)。

「きれいな発音」と言えば、僕は元早稲田大学教授で、むかしラジオ英語会話の講師をつとめておられた東後勝明先生を思い出す。先生の英語発音は日本人の学習者のモデルだと今も思っている。

そこで、発音練習教材として東後勝明先生監修の「英語発音指導マニュアル」(北星堂)を勧めたい。(残念ながら今は絶版になっているようだが、アマゾンでなら入手可能)。付属のCDで先生の発音が聴ける。「きれいな発音」=「正しい発音」を目ざしている人にはぜひ使ってほしい教本である。


(1) 英会話の先生を選ぶヒント


英会話学校とか英会話の先生を選ぶとき、みなさんは何を基準に選ばれているんだろう?

英会話ってそもそも何なんだろう?英語に直訳するとEnglish conversation。それじゃ、「英会話を習っています」を英語で言えば、I'm learning English conversation.となるのか?

もちろん、そんなふうに言っても意味はわかってもらえるだろうけど、あまりお勧めできる言い方ではない。なんだかイギリスのマナー講座で会話作法でもお稽古しているような感じがする。(僕のスクールのウェブにも便宜的に「英会話」という言葉が並んでいますσ(^_^;))

I'm learnng English.と言えば、簡単簡潔。learn には「言葉を身につけるために学習する」という意味がある。英語の受験勉強は、I'm studying English for college entrance exams. とstudy を使う。

日本で言われる「英会話を習う」とは、口頭で英語によるコミュニケーションの取り方を学ぶことだ、と僕は解釈している。

コミュニケーションの取り方は言語によって違う。だから日本人に「英会話」を教える先生は、日本語できちんとコミュニケーションを取れる人であってほしい。もっと言えば、日本語の文構造が文法的にわかっていて、日本語の発音の仕方も心得ていてほしい。

日本に3年も住んでいるのに、日本語でろくに日常会話もできず、簡単な読み書きもできない、いわゆるネイティブ・スピーカーの先生って、英語のネイティブであるというだけで、言語を教える仕事に適しているとはとても思えない。

僕の友人に、Sue Grant というまだ若いアメリカ人の先生がいる。彼女は日本に来る前にアメリカで、同じアメリカ人の日本語の先生に日本語を教えてもらった。日本で暮らし始めて2年くらいになるが、とてもスマートな日本語を話す。毎日、日本語の新聞にも目を通している。彼女は初対面の入学希望者と話をするとき、まず日本語で話をして、rapport (感情的なつながり)を持とうとする姿を見ていて、英会話の先生選びのひとつのヒントを与えられた。

外国人の先生が学習者の母国語でどれくらいコミュニケーションが図れるかは、その先生の語学教師としての資質を雄弁に物語っている。

それに、英会話初心者の人でも、日本語ならばほぼ対等な関係を持つことができるし、英語が上手く話せないと言うだけで、引け目のような感情を抱くこともなくなる。

先生と学習者という関係であっても、個人対個人の関係は対等なところからスタートするべきであると僕は思っているし、外国人の先生を選ぶとき、そういう関係性がまずはじめに持てる人を選ばれてはどうだろう。






 
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